桑野造船株式会社
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A1にかける

香川 友歩

この1艇にかける (2004年A1プロトタイプ完成直後 北大HPに掲載)
この程開発中だったハニカム艇がようやく完成した。

話は去年(2003年)の10月に遡る。
社長に「香川、ハニカム艇(シングルスカル)を作ってほしいんや。」と言われた。ハニカム艇は以前にも手がけた事があったが結果は芳しいものではなく、コストも高く、国体、インターハイ向けの艇の生産に追われ、ハニカム艇の開発は事実上ストップしていたのだった。

社長の要求はまずFISAの艇重量レギュレーションである14kgを下回る事と海外ブランド艇を超える性能を有することであった。ずいぶん難しい事を一度に要求してくるものだ。自分にとってチャンスだとは思ったが失敗はできない。

材料費だけで馬鹿にならないし失敗したら開発のチャンスは自分には二度と巡ってこないと思ったからだ。まず性能の定義付けを行わなければならない。見た目はこの艇の型が大方を決定するから議論の余地があまりない。
問題は選手が実際に漕いだ時の感覚である。これを決定するのは艇の縦剛性であるのでE社艇の艇剛性を重量14kg未満で越える事が自動的に目標になった。

まずE社艇の特徴から整理することにした。

ハルの形状は深く、ミドルデッキの取り付け位置は桑野のものよりも高い位置に取り付け可能。サックスボード(ガンネル全体)は垂直に近くしかも面積は小さい。すなわち軽量化がしやすく縦剛性が出やすい形状である。

繊維構成は外側が炭素繊維、内側がアラミド繊維(ケブラー)。
樹脂はエポキシであることの他は不明。

アラミドの柔らかさは炭素繊維の補強テープで補う形だ。E社と同じ繊維構成にしたら艇の形状の不利さから必ず負ける。よって我々は内も外も炭素繊維で行くことにした。炭素繊維は堅さに期待が持てるしその分補強テープを減らせれば重量減も期待できる。靭性にやや不安はあるが剛性を考えるとそれを言ってる場合ではない。

次に樹脂である。前回は希釈剤が完全に揮発せずに剛性値があまりでなかった為、希釈剤を入れなくても積層可能な粘度の低い樹脂を選んだ。接着剤は奮発して増粘剤不要の腰のあるエポキシを紹介してもらった。

いよいよテストピース作りだ。14kgを切るためには樹脂をとにかくしぼらなければならない。かといって絞りすぎるとハニカムが繊維にくっついてくれない。試行錯誤を繰り返した。10月からテストし始めて2か月が過ぎ、ようやくこれはいけるというものが作れるようになった。これで積層スタッフにマニュアルを渡せる。

12月も半ばを過ぎいよいよ本番突入である。失敗は出来ない事は自分はもとより積層のスタッフも分かっていた。作業手順を打ち合わせ、とにかく予定通りそつなく動かなければならない。予定外の出来事もある程度予測にいれ入念にミーティングした。

積層開始。一日目、塗り手ベテラン2人、圧力コントロールに新人1人、樹脂重量コントロールが自分。まずガラス#60を、続いて炭素繊維#95を積層。
「香川さん、樹脂たらんわ。」「いいよ50でええか」
「ええよ、いけるわ」「どや、いけるか」「オーケーや、この樹脂塗りやすいわ」

とにかく皆で励ましあって積層した。みんな経験が少ない。経験が少ないと怖いと思いがちだが“いけるわ”と自分も塗り手も言い続けた。樹脂含侵完了。直ちにハニカム設置の上、一気圧で真空接着。圧力コントロールは去年高校出たての新人だが、そつなくこなしてくれた。

圧着完了、直ちにオーブンルームに入れて、熱硬化。
無事焼き上がり、次の日に最終層を圧着した。オーブンルームに入れて再度熱硬化。

「後は祈るだけやな」「そやな」

そしてついに脱型を迎えた。14kg切るためのハル脱型重量リミットはバリをとって4.85kg。結果は4.7kg。一同胸を撫で下ろした。そして出来たハルは今までに無い堅さを持っていた。

「これ堅いわ、めっさ堅いわ!」

積層の1人が叫んだ。至福の時であった。自分たちにとって自信になるハルが出来た。積層のスタッフがすごく喜んでいるのを見て本当によかったと思えた。

これで自分が全パーツ込みで7.7kgで組めれば、塗装も14kg切ることに前向きになってもらえる。

組立に当たっては部材の大きさを削り接着面積を可能な限り小さくすることに注意を払った。油断すれば14kgなんてあっという間に超えてしまう。普段二日で組むところを4日掛けて慎重に組んだ。

無事組み上がり暮れである年明けカットに回して2日後。
「香川君上がったでえ。」「ありがとうございます、重量計りますわ。」

緊張の一瞬である。

結果7.5kg。自分は喜んで塗装に施工依頼した。「7.5か、ほんなら900gのせれるんか、いけると思うで多分、多分やあかんねんなあ、ハハハ」「まあ気楽に塗って下さい。」もう後は泣いても笑っても塗装屋次第である。祈るしかない。

つい数日前塗装屋から上がってきた船体は白だがなんとなく青光りしていて艇全体がシャープに見えた。

「いいねこの色、どうしたんこれ」
「ちょっと紺入れてみたんや。まともな白より隠蔽力強いからネタしぼれるねん。
そうかシャープか、褒めてんねんなそれ」
「かっこええがな」「重量どうやろな」

これで重量の全てが決まる。この後は艤装しか残っていない。ということは重量を減らせる可能性がないのだ。結果8.15kg。リミットは8.4kg。大幅ゲインである。

「紺パワー炸裂やな」「おおきにおおきに!」
こうして重量はクリアーできた。

最終重量13.8kg。

艤装の小泉が言ってくれた、「この艇堅いですね。」色んな艇に乗ってきた彼が言ってくれたのは心強かった。なぜなら最後に剛性試験が待っていたからである。剛性試験はつい昨日、日本ボート協会指定の方法で行われた。E社は5.4oであるからこれより小さい値を出さなければならない。

計測が自分の所に来た。結果を持ってきたのだ。「5.1oです、E社より堅いですね」思わずガッツポーズが出た。今までE社より縦剛性のある艇は作った事があるけどそれは15kg超の艇であった。同じ土俵でE社を超えた事が無かっただけに嬉しいというかなんと言うかちょっと言葉にならない。

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